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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)55号 判決 1967年7月06日

原告 三菱電機株式会社

被告 東京芝浦電気株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一双方の申立

原告は、「昭和三四年抗告審判第二、六九一号事件について、特許庁が昭和三八年四月三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二原告の請求原因等

一、被告は、登録第四六八、六八二号の商標権者であるが、右の本件商標は「サークライン」の片仮名文字を横書きした構成であり、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条に定める第六九類電気機械器具およびその各部ならびに電気絶縁材料を指定商品として昭和二九年一〇月二日登録出願、昭和三〇年七月三〇日登録されたものである。

二、原告は昭和三三年一月一〇日、本件登録商標について、これを無効とする旨の審判を請求したところ(同年審判第四号)、昭和三四年一〇月一五日、「請求人の申立は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決があり、そのころ右審決謄本は原告に送達されたが、原告は昭和三四年一一月二一日これを不服とする抗告審判を請求した(同年抗告審判第二、六九一号)。しかし、右抗告審判においても、昭和三八年四月三日「本件抗告審判の請求は成り立たない。抗告審判費用は、抗告審判請求人の負担とする。」との審決があり、その審決謄本は同月一五日原告に送達された。

原告が特許庁における無効審判手続において主張した無効理由のうち本訴において審決取消事由として主張する無効理由は、

(1)  本件登録商標は、その登録前から指定商品のうち螢光燈で外形環状のものの普通名称として周知されていた文字である。

(2)  本件登録商標は、右指定商品の形状を示すにすぎない。

したがつて、本件登録商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一条第二項の要件を具備しない、というにある。

この無効理由の主張に対し、本件審決は、

「抗告審判請求人(原告をさす。)は、原審において甲第一号証ないし第三号証(本訴訟における甲第一号証の二の一から三、同号証の三の一および二ならびに同号証の四の一および二をさす。)を提出し、かつ、証人太田篤男の尋問を申請して、本件登録商標が旧商標法第一条第二項に規定する特別顕著の要件を具備するものでないと主張しているが、甲号各証ならびに証人太田篤男の証言によつて、いわゆる「環状螢光燈」について「サークライン」または「Circline Lamp」の文字が外国において、その商品を説明し、紹介する文献に一部使用されており、かつその文献がわが国内に頒布されていた事実が認められるとしても、その事実のみによつて、その商品の普通名称としてこの種商品の業界における取引者需要者の間に一般化していたという事実を認めることはできない。」との判断を示し、原告の主張を排斥した初審審決は妥当であるとしたのである。

三、原告が本件審決の取消を求める理由は次のとおりである。

第一点 普通名称であるとの主張について

商標権は他の工業所有権と異なり、一般購買者の利益保護を重視するものであるから、当該商標を構成する文字(語)が商品の普通名称かどうかという事実を判定するに当つては、提出された資料だけによつて判断すべきではなく、登録時における社会全般にわたる諸事情を総合勘案しなければならない。

そこで、本件商標の登録時を顧みると、昭和三〇年夏ごろにはすでにラジオはいうに及ばず、テレビの普及もいちじるしく、いながらにして、世界の流行新製品を手にとるように知ることができる状態になつていた。さらに、当時は外国における新技術や新流行の導入競争も激甚をきわめた時代であつて、大小企業の海外事務所の設置、海外視察旅行も頻繁に行なわれていた時代でもある。

しかも、当時家庭用電気製品は、一般家庭に広く浸透してきた時であつて、メーカー、取引者および需要者のいずれにも関心の強い商品であつたのであるから、一般大衆(そのほとんど全部がその購買者であるといえる。)の所持し、あるいは見たり聞いたりしていたこの種商品の名称に関する資料、情報は、原告の提示したものの何万倍あるいは何十万倍にも達するものであつたであろうことは容易に想像できるところといわなければならない。

原告提示の甲号各証によつても本件商標の登録時において「サークライン」の呼称または文字が環状螢光燈を意味する普通名称としていかに一般化されていたかは容易に推定できるのである。したがつて本件審決が、「サークライン」が一般化されていたことは認められない旨判断したことは審理を尽さず、理由を示さない不備があつて取消を免れない。

第二点 指定商品の形状を示すとの主張について

本件審決はこの点についてまつたく判断が示されていない。

しかも、本件登録商標を構成する「サークライン」という文字(語)はいわゆる(英語から生じた)外来語に属し、多少とも英語の知識を有する者にとつては、直ちに「Circle Line」を想起させる文字である。すなわち、「Circle Line」は「サークライン」と発音されることは英語の実験則から当然のことであるから、本件登録商標は「Circle Line」という英語の発音を現わした文字からなつているものといわなければならない。

そして「Circle」および「Line」の語が本件登録商標の登録前から日本語とほとんど変らない程度に日常一般に使われている英語であつて、前者が「円輪」あるいは「環状」などを意味し、後者が「管」「電線」「輪廓」あるいは「外形」などを意味するものであることは、すべての英語辞典にも記載され、本件登録商標の登録前から一般に広く認識されていたのである。したがつて、「サークライン」の文字はすなわち「環状外形」あるいは「円輪管」などを意味するものであるから、これを本件登録商標の指定商品中環状螢光燈に使用する時は、単にその商品の形状を示すにすぎず、旧商標法第一条第二項に規定する特別顕著性の要件を欠除していることは論議の余地がない。

しかるに、本件審決はこの点について何ら触れることなく、その判断を示していないのであるから、審理を尽さず理由を示さない不備があるものとして取り消されるべきである。

第三被告の答弁等

一、原告請求原因等一および二の事実は争わない。三の主張は争う。

二、「サークライン」という語は創造語であつて辞書にも見当らないし英語「Circ」が環状または円を暗示するものともいえない。語頭部「Circ」のつく語は辞書中には五〇種以上もあり、その大多数は環または円とは関係のない語である。

しかして、商標中に採用された語が品質表示、原料表示、用途表示であるというためには、そういう趣旨で取引上実際に使用されているという事実がなければならない。形状表示も同じように形状表示として一般に取引されていなければならないのであるが、本件登録商標の出願時あるいは登録時において「サークライン」が環状螢光燈の形状を表示するものとして取引がなされていたという事実は全くないのである。

すなわち、「サークライン」の標章は、被告がこれを商標として登録商標をしたのちに使用し、これを新聞、雑誌あるいはテレビ等で広告宣伝に努めた結果、「サークライン」という語が被告の製造販売する環状螢光燈を表示する商品として世上に周知され、両者が不可分の関係で認識されるに至つたのである。

原告の主張は、本件登録商標の出願あるいは登録当時と本件審判請求当時とを混同したものであつて、本件登録商標の出願あるいは登録当時においては前記の事実はまだ一般に周知されていなかつた。したがつて、「サークライン」の文字(語)が商品の形状を暗示しまたは代名詞化して特別顕著性なしとする原告の主張は失当である。

第四証拠関係<省略>

理由

一、原告が請求原因等一および二において主張した、本件登録商標の形状構成およびその登録までの経過、本件無効審判手続の経過および審決の内容に関する事実は当事者間に争いがない。

二、そこで以下本件審決の当否について判断する。

(一)  ところで、成立に争いのない甲第一号証の一、第三号証の一、第七・第九号証、第一二号証の一、第一五号証、第一六・第一七・第一八号証(原告が審判および抗告審判で提出した請求書、弁駁書および審決謄本)ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は審判および抗告審判を通じて、本件登録商標につき、その指定商品との関係を限定せず単純に、その登録を無効とすべき旨申し立てているのであるが、その主張するところは、本件登録商標がその指定商品中環状螢光燈について使用せられるときは旧商標法第一条第二項に定める特別顕著性を欠き、または同法第二条第一項第六号に定める慣用商標にすぎないというにあり(螢光燈以外にも外形が環状のものがありうるとしても、これについては具体的になんらの主張もされていない)、本件審決もまた環状螢光燈との関係において右各条項に定める不登録事由に該当するか否かを判断したうえこれを否定した審判の審決を維持したものであつて、原告は右のうち特別顕著性に関する判断のみを不当として本訴で争つているものであることが明らかである。したがつて、当裁判所も、抗告審判の審決においてなされた本件登録商標がその指定商品中環状螢光燈との関係において特別顕著性を肯定すべきものとしたことの当否について判断すべく、またそれで足りるわけである。

原告は、本件抗告審判の審決が本件商標をもつて単に前記指定商品の形状を表示したにすぎないものとした原告の主張については判断を示していないというけれども、本件審決(甲第一九号証)は、審判の審決(甲第一六号証)が原告の前記主張をすべて排斥したのをそのまま全面的に維持したものであることは明らかであつて、特に具体的に形状表示の点について言及していないからといつて、そのことのみにより本件審決に判断遺脱の違法があるものとすることはできない。

(二)  被告が「サークライン」の語を、商標として採用するに至つた由来についてみるに、証人伊東守忠および同井上一男の各証言によれば、被告と技術提携関係にあるジエネラル・エレトリツク社(以下ジー・イー社という。)がアメリカ合衆国において環状螢光燈について用いていた、英語の「CIRCLINE」を片仮名で「サークライン」と表わしたものを、被告が右ジー・イー社のわが国における特許権の実施許諾を得て環状螢光燈の製造販売を開始するに当つて採用したものであることを認めることができるから、本件登録商標の「サークライン」という語は英語の「CIRCLINE」に由来するものであるということができる。

(三)  そこで、本件登録商標の「サークライン」の語の由来する英語の「CIRCLINE」の意味内容についてみるに、前記認定のところから明らかなように、英語の「CIRCLINE」は環状螢光燈について用いられ、それ以外の螢光燈については用いられていないのであつて、本件登録商標の「サークライン」という文字(語)も、その指定商品は広く螢光燈を含む電気機械器具およびその各部ならびに電気絶縁材料とされているが、そのうちの環状螢光燈についてのみ用いられるべきことが予定されているものと考えられる。そこで、環状螢光燈に関連して検討すると、「CIRCLINE」は、本来輪・環・環状の物という意味をもつ「CIRCLE」の「E」を省き、その「L」と線・管等の意味をもつ「LINE」の「L」とを重ねることにより、この二語を結合して造つた造語であると認められる。

(四)  ところで、本件登録商標は「サークライン」という片仮名を横書きにした構成であるから、次にこの「サークライン」という語が、本件登録商標の登録当時環状螢光燈を意味する普通名称としてわが国において一般に用いられていたかどうか、あるいは環状螢光燈の形状を示すものとして直ちに感じ取られる程度のものであつたかどうかについて考察する。

1、その成立に争いのない甲第一号証の二の一ないし三、同号証の三の一・二、同号証の四の一・二、同第五号証の二の一ないし三、同号証の三の一ないし三、同第一二号証の二の一ないし三、同号証の三の一・二、同第二〇号証の一ないし五の各記載および証人山本壮司、同牧野六彦の各証言を総合すると、昭和二五年頃から、わが国における照明学会の機関誌その他照明ないし照明燈に関する著書に、米国では螢光燈の一種として環状の螢光燈が製造販売されており、それが「CIRCLINE LAMP」と呼ばれているとして紹介され(「CIRC LARLAMP」・「サークラインけいこう燈」・「サークライン螢光放電管」・「サークライン型」と記載しているものもある)、そのことはわが国における螢光燈関係の技術者・研究者等には知られていたことが認められる。

2、しかしながら、本件登録商標が登録された昭和三〇年七月当時わが国において、一般に環状螢光燈の取引において「サークライン」の語が商標としてでなく、商品自体の一般的名称を指すものとして使用されていたという事実はこれを認めるに足る証拠はない。かえつて、証人井上一男・伊東守忠の各証言に前記山本・牧野両証人の証言を総合すると、わが国内においては被告会社が昭和二九年一〇月に本件「サークライン」の商標について登録出願をした後同年一一月頃から同商標を付した環状螢光燈を発売して初めてこの商品が市場に出廻わるようになつたものであつて、同種商品が輸入され市場に出廻つていたという事実もほとんどないことが認められる。米国において環状螢光燈が製造されているか、それがどのような名称で販売されているかというようなことも、ごく一部の者に知られていたことは前記のとおりであるが、そのような特定分野の関係者を除けば、わが国民一般はこれを知る由もなかつたわけである。そして、被告が環状螢光燈を発売してから本件商標が登録されるまでの間はわずか半年余りにすぎないことは前記認定によつて明らかであること、また元来螢光燈という商品じたい短期間に消費されたり新品に買い替えられたりするようなものでもないのであつて、これらを総合すれば、被告が環状螢光燈を発売し、それがはじめて取引市場に現われるようになつてからわずか半年余りしか経過しない本件商標の登録当時に、本件商標名である「サークライン」がわが国において一般に環状螢光燈を意味する普通名称として認識されていたものとはとうてい認めることができないのである。

もつとも、その成立に争いのない甲第二一号証の一ないし四、同第二二号証の一・二の各記載によれば、本件商標の登録出願後その登録に至るまでの間において、照明器具のデザインに関する刊行物の記事、あるいは他の環状螢光燈のメーカーである新日本電気株式会社のカタログのうちに、「サークライン」の語が環状の螢光放電管を意味するものと受け取られるような用法で使用されていた事例も一部に存在していたことが認められるが(なお、成立に争いのない甲第二三号証の一・二、弁論の全趣旨によりゴールドキング株式会社その他の照明器具メーカーの作成したカタログと認められる甲第二四号証の一ないし四、同第二五号証の一ないし三、同第二六号証の一・二、同第二七号証の一ないし四によれば、これらのカタログにも環状螢光燈の商品名を表わすような用法で「サークライン」の語を使用していることが認められるが、これらのカタログが本件商標の登録前に作成頒布されたものであることを認めうる資料はない)、右の事実があるからといつて、「サークライン」の語が一般に普通名称として認識され、使用されていたとすべき根拠としては十分とはいえない。

3、次に、前にも述べたように、米国で用いられていた「CIRCLINE」の語が「CIRCLE」と「LINE」の二語から、前者の「E」を取り去り、両語の「L」を重ね合わせて造られた造語と認められるのであるが、そのことはまた英語を日用語とする人々にならば比較的容易に理解できるものと考えられる。しかし、本件商標のように片仮名で「サークライン」と表示した場合、わが国においては「サーク」と「ライン」とを結合した造語として受け取られるとみるのが自然であり、しかも「サークル」を「サーク」と省略することが一般に行なわれているとすべき根拠はないし、また「ラ」の文字を重畳的に用いたものとみるのも無理であろう。さらにまた「サークルライン」という語がすでに実際取引界において環状螢光燈またはこれと同様の形状の商品について広く用いられていたというような事実があれば格別、そのような事実を認めうる資料はないこと(環状螢光燈が新製品であつたことは前に認定した)、また「CIRCLE」(サークル)が「円・輪・円形(環状)の物」という意味をも有し、「LINE」(ライン)が通常「線」とか「路線」とかを意味する語として広く認識されているといつても、一般世人の日常の用語のなかで「サークル」という語が「円・輪・円形(環状)の物」をいい表わすために用いられることは比較的少ない(むしろ同好者らの仲間とかその範囲とかいつたような意味で用いられる場合の方が多い)ことなどを考え合わせると、本件商標の登録当時において「サークライン」の語が環状螢光燈の形状を表示するものとして一般世人によつて直観されるものであつたと認めることもまた困難であるといわなければならない。

4、してみれば、結局本件登録商標は、その登録当時における取引の実情その他社会の一般通念に照らしてこれをみるときは、その指定商品に属する環状螢光燈の普通名称に該当するとか、その普通名称を直観せしめるに足りるものということはできず、また環状螢光燈の形状を暗示しているものということはできるとしても、一見して直ちにその形状を表示したにすぎないものと感じ取られるような表示方法に従つたものと認めることもできないものというべきである。したがつて、指定商品に属する環状螢光燈との関係において本件登録商標が特別顕著性を欠くという請求人(原告)の主張を排斥した本件審決にはなんら判断を誤つた違法があるものとすることはできない。

三、よつて、本件審決の取消を求める原告の請求はこれを理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 古原勇雄 田倉整)

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